研修転移とは?意味・重要性・促進のポイントを仕組みの観点から解説

導入:なぜ「研修転移」という言葉が必要になったのか

研修を実施した直後は、受講者のアンケートも上々。理解度テストの点数も悪くない。ところが数か月後、現場を見てみると「あの研修、結局何だったんだっけ」という状態になっている——。人材育成の担当者であれば、一度はこうした感覚に覚えがあるのではないでしょうか。

この現象を、精神論や個人の意識の問題として片づけてしまうと、次の研修でも同じことが繰り返されます。実はこの問題には、1980年代から積み上げられてきた学術的な研究の蓄積があり、「研修転移(Training Transfer)」という名前がついています。本記事では、研修転移とは何か、なぜ重要なのか、そしてどう促進すればよいのかを、個人の頑張りではなく「仕組み」の観点から整理します。

研修転移とは何か

研修転移とは、研修で学んだ知識やスキルが職場で実際に活用され、かつその活用が一時的でなく持続することを指す概念です。

この領域を切り開いたのは、Baldwin and Ford(1988)による研究です。彼らは研修転移を、学んだ内容を職場に応用できるかという「一般化(Generalization)」と、その応用を時間が経っても継続できるかという「維持(Maintenance)」の2つの要素で定義しました。つまり研修転移は、「研修中にできるようになったか」だけでは測れず、「現場で使えるか」「使い続けられるか」まで含めて初めて成立する概念だということです。

日本語の文献としては、中原淳氏らによる『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(ダイヤモンド社)が、この考え方を実務者向けに広めた書籍として知られています。同書では、研修転移を「研修で学んだことが現場で実践され、成果が生み出されること」と説明しています。

「学習転移」との違い

似た言葉に「学習転移」があります。学習転移は、ある学習で得た知識・スキルを別の文脈で応用できることを指す、より広い教育心理学の概念です。研修転移はこのうち、企業内の研修という文脈に限定した学習転移の一種と捉えると整理しやすくなります。OJT・Off-JTのどちらで得た学びであっても、それが現場での実践につながっているかを問う点は共通しています。

なぜ研修転移が注目されているのか

研修転移が注目される背景には、大きく2つの事情があります。

1つ目は、研修投資の説明責任です。 研修には講師費用・会場費・受講者の稼働時間など、少なくないコストがかかります。研修直後の満足度アンケート(いわゆるレベル1評価)だけでは、その投資が現場の成果につながったかを説明できません。カークパトリックの4段階評価モデルで言えば、「反応」「学習」の先にある「行動」「結果」まで見なければ、研修の効果を語ったことにはならないという問題意識です。

2つ目は、忘却と職場環境の壁です。 人は学んだことを時間とともに忘れていきますし、たとえ覚えていても、職場に「新しいやり方を試す余白」がなければ実践には移せません。研修転移研究が明らかにしてきたのは、この「忘れる」「試せない」という壁が、受講者個人の資質の問題というより、研修設計・職場環境という仕組みの問題として扱えるということです。

研修転移を説明する代表的な理論枠組み

Who-C(仕組み志向)的に整理すると、研修転移には主に3つの理論的な補助線があります。

① Baldwin & Fordの転移プロセスモデル

先述の通り、研修転移研究の出発点となったモデルです。研修のインプットとして「受講者の特性(能力・性格・動機づけ)」「研修デザイン」「職場環境」を置き、それらが研修の学習・保持というアウトプットを経て、最終的に一般化・維持という転移の成果に至る、という因果の流れを整理しています。ポイントは、転移を決める要因が受講者本人だけでなく、研修デザインと職場環境という3つの層に分散している点です。

② Broad & Newstromの転移マトリックス

Broad and Newstrom(1992)は、研修転移を促す働きかけを「誰が(受講者・研修担当者・管理職)」「いつ(研修前・研修中・研修後)」行うかという2軸で整理し、マトリックス化しました。中でも、研修「前」に管理職が行う働きかけの影響度が高いとされており、「研修に送り出す前の一言」が意外と軽視できないことを示唆しています。

③ Holtonらの学習転移システム(LTSI)

Holton et al.(2000)は、Baldwin & Fordのモデルをさらに発展させ、研修転移に影響する要因を​16項目に整理したLearning Transfer System Inventory(LTSI)を提唱しました。「受講前に研修を役立てようという意欲」「上司からの支援」「研修内容が仕事に直結している実感」など、個人・研修・職場それぞれの要因を体系的に測定できるようにした点が特徴です。

これらの理論に共通するのは、研修転移を「気合の問題」ではなく「設計・環境の変数の組み合わせ」として捉え直している点です。仕組み志向の担当者にとっては、この整理そのものが「打ち手を考えるための地図」として機能します。

研修転移を阻害する要因

理論を踏まえると、研修転移がうまくいかない理由は、おおむね次の3層に整理できます。

  • 受講者側の要因: 研修前に「なぜこの研修を受けるのか」が腹落ちしていない。研修内容と自分の業務の結びつきが実感できていない。
  • 研修設計側の要因: 研修が「その場限りのイベント」として設計されており、事前課題・事後フォローが組み込まれていない。抽象的な知識の伝達に終始し、現場での適用イメージ(類似性)が持てないまま終わる。
  • 職場環境側の要因: 研修後、学んだことを試す機会や、上司・同僚からのフィードバックがない。日常業務に忙殺され、実践する前に記憶自体が薄れてしまう。

3つのうちどれか1つが欠けても、研修転移は起こりにくくなります。逆に言えば、どこか1つの層だけを強化しても限定的な効果しか出ない、ということでもあります。

研修転移を促進するためのポイント

研修を「研修前・研修中・研修後」の3フェーズに分けて、それぞれでできることを整理します。

研修前:目的と接続を言語化する

研修の目的と、受講者の日々の業務との接続を、研修が始まる前に言語化しておくことが土台になります。管理職からの一言の働きかけが効果的だとされているのも、この接続を作る役割を担っているからです。

研修中:「現場でどう使うか」まで扱う

研修内で得た知識を、どの場面でどう使うかまで具体的に落とし込む設計にします。抽象的な知識をそのまま渡すのではなく、受講者自身に「これは自分の業務で言うとこの場面で使えそうだ」と結びつけさせるプロセスを組み込むことが、理論上も転移を促す要因とされています。

研修後:忘れる前に、試す・振り返る機会を作る

学んだ内容は時間とともに忘れられていきます。研修後のフォローアップ(実践状況の確認、振り返りの機会、上司からの支援)がなければ、せっかくの学びも実践に移る前に薄れてしまいます。ここは、知識の定着そのものを支える仕組みが特に効果を発揮しやすい領域でもあります。

よくある質問

Q1. 研修転移と研修評価(カークパトリックモデル)は同じものですか?
異なる概念ですが、深く関連しています。カークパトリックモデルは研修の効果を「反応・学習・行動・結果」の4段階で評価する枠組みであり、研修転移は主に「行動」以降、つまり学んだことが現場でどう活かされるかに焦点を当てた考え方です。

Q2. 研修転移はどのように測定すればよいですか?
受講者アンケートだけでなく、研修後一定期間が経った時点での行動観察や、上司からの評価、業務指標の変化などを組み合わせて把握するのが一般的です。Holtonらの研究に基づくLTSIのような、要因を分解して測定する枠組みも参考になります。

Q3. 研修転移が起きやすい研修と、そうでない研修の違いは何ですか?
受講者・研修設計・職場環境の3層すべてに働きかけがあるかどうかが分かれ目です。研修そのものの内容が優れていても、研修前後の設計や職場環境への働きかけが欠けていると、転移は起こりにくくなります。

まとめ

研修転移とは、研修で学んだことが職場で実践され、その効果が持続することを指す概念です。Baldwin & Fordの転移プロセスモデルをはじめとする理論が示すのは、転移を左右するのは受講者個人の資質だけでなく、研修設計・職場環境を含めた仕組み全体であるということです。「なぜ研修の学びが現場に活きないのか」を個人の問題として片づけず、仕組みの問題として捉え直すことが、研修転移を促す第一歩になります。


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